与謝野町合併二十周年記念式典 式辞
二十年前の今日。この空の下、私たちは一つの大きな約束を交わしました。
加悦・岩滝・野田川。それぞれが悠久のときをかけて紡いできた、比類なき歴史と誇り。そのすべてを抱き、未知なる航海へとともに漕ぎ出すという約束です。あの日、私たちの胸に去来したのは、希望だけではなかったはずです。慣れ親しんだ町名がなくなってしまうという寂しさ、そして未来への一抹の不安。それらすべてを勇気に変え、私たちは「与謝野」という新しい名のもとに、運命をともにすることを誓い合いました。
本日ここに、与謝野町合併二十周年記念式典を挙行いたしましたところ、公私とも御多用の折にもかかわりませず、衆議院議員・本田太郎様、参議院副議長・福山哲郎様、参議院議員・吉井章様、京都府副知事・古川博規様、京都府議会議長・荒巻隆三様、京都府町村会長・吉本秀樹様をはじめ、多数の御来賓の皆様に御臨席を賜りました。皆様には、本町が歩んだ激動の二十年を、あるときは力強く牽引し、またあるときは温かく見守り続けていただきました。今日という日を、ともに迎えることができましたことは、私、そしてすべての町民の皆様にとってこの上ない喜びであり、深甚なる感謝を申し上げます。
あの日から二十年。見上げれば大江山の山並みは変わらず気高く、野田川の流れは絶えることなく、私たちの平野を潤しています。しかし、その景色を見つめる私たちの心は、あの日とは違います。
今日、私たちは確信をもって宣言いたします。
与謝野町は、三つの町が合わさっただけの場所ではありません。私たちの心が溶け合い、一つの鼓動を打ち鳴らす、ゆるぎない「ひとつの町」になったと。この二十年は、単に制度を整えた「統合の歴史」ではなく、心と心を結び、違いを力に変えてきた「融合の軌跡」であります。
本町の魂である「丹後ちりめん」は、三地域の技術が響き合うことで、伝統を翼に変え、世界へ羽ばたく挑戦へと進化を遂げてまいりました。ゼロから挑んだホップ栽培事業は農業の枠を超え、住民、事業者、行政が同じ夢を追いかけ、本町の新たな可能性を切り拓く象徴的な取り組みとなりました。
「子育てするならこのまちで」という誓いは、今やこども園に響く弾んだ笑い声となり、京都府立看護学校の建替えや京都府立医科大学附属北部医療センターの機能充実は、この地で生きる安心を支える揺るぎない礎となりました。
そして、この二十年で忘れてはならないのが未曾有の国難であった新型コロナウイルス感染症への対応です。医療・福祉従事者の皆様をはじめ、多くの町民の皆様が感染拡大防止に尽くされ、こどもたちの学びの保障、高齢者の見守りなど、支え合いの輪を広げてくださいました。あの苦しい時期を乗り越えることができたのは、三町という意識を超え、真に一体となった与謝野町の力があったからにほかなりません。
これからの時代、私たちはさらなる厳しい社会課題に直面することでしょう。人口減少や社会構造の変化という険しい峠が待ち受けているかもしれません。しかし、町民の皆様、恐れることはありません。二十年前に「違い」を恐れず手を取り合ったあの日を思えば、私たちはどのような壁をも、どのような難局をも、さらなる進化の糧に変えていけると確信しております。
次の二十年に向けて。
こどもたちが、この町に生まれた幸運を誇り、無限の夢を描ける町へ。
産業が、伝統の重みを誇りとして、世界を照らし続ける町へ。
そして、すべての町民の皆様が、この美しい与謝野の空の下で、一生涯の幸福を実感できる町へ。
合併によって生まれたこの与謝野町を、私たちは今日、代えがたい「唯一無二のふるさと」へと創り上げました。二十年前の決断を、未来永劫「最高の正解」として語り継げるよう、この誇り高き町を次世代へ引き継いでいくことを、ここに固くお誓い申し上げます。
結びに臨み、本日表彰をお受けになられる皆様の多大なる御功労に深く敬意を表しますとともに、これまで与謝野町を支えてくださったすべての皆様に心からの感謝を捧げます。さらなる一体感のもと、ともに輝く未来を切り拓いてまいりましょう。
令和8年3月1日
与謝野町長 山添 藤真
大内峠一字観公園から望む天橋立

加悦谷平野の空撮

温江川の桜並木
